楽しい御朱印めぐり

特別なご利益がある寺社の御朱印

東京 隅田川七福神めぐり
地域:

七福神とは、大黒天(だいこくてん)、毘沙門天(びしゃもんてん)、恵比寿天(えびすてん)、寿老人
(じゅろうじん)、福禄寿(ふくろくじゅ)、弁財天(べんざいてん)、布袋尊(ほていそん)の福をもた
らすといわれる七つの神様のことを言います。
「七難即滅、七福即生」という言葉にあるように、七福神を巡参拝すると七つの災難が除かれ、七つの幸福
をさずかることができると言われています。

七福神の信仰は、室町時代の末に始まり、庶民の間に広がっていったようです。 隅田川七福神めぐりのように、
正月、その年の幸福を願って七福神を巡拝する形ができあがったのは、江戸時代と言われています。
この記事では、正月の7日間限定で開帳される隅田川の東岸、向島を中心とした隅田川七福神めぐり(所要時間
およそ140分)を紹介しています。

 

 三囲神社 大国神・恵比寿神)  

三囲神社(みめぐりじんじゃ)は、東武伊勢崎線の業平橋駅からおよそ7分、墨田区向島にある祭神に
「宇迦之御魂之命(うがのみたまのみこと)」を祀る神社です。
今回は、地下鉄浅草駅で降り、スカイツリーを見ながら言問橋を渡り三囲神社に向かいます。


 

文和年間(1352~1356)に、近江国三井寺の僧源慶が巡礼中に当地で荒れた祠を見つけ、修復しようとしたところ、
地中から白狐にまたがった神像を見つけました。すると何処からともなく白狐が現れ、この神像の回りを三度回
って消えたという故事から「みめぐり」という社名がついたということです。 本殿右奥には、伝説の白狐を祀る
祠もあります。


 

京都の豪商であった三井家が江戸に進出した折に、三囲神社 のある向島が、三井の本拠である江戸本町から
見て東北の方角にあり、鬼門だったことと、三囲神社の“囲”の文字に三井の“井”が入っているため、
「三井を守る」と考え、三囲神社を江戸における守護社にしたそうで、現在でも三井グループが祭典を催し
たりしているそうです。


 

本社左手のお社にお祀りされている大国・恵比寿の二神は、もと三井家(現在の三越)に祀られていた本像になるようです。

こちらでは、まず「大国神」と「恵比寿神」がタッグを組んだような合体の御朱印をいただきました。


 

そしてもう一つ「三囲神社」の御朱印もいただいてきました。


   


弘福寺 (布袋尊)
   

三囲神社から、墨堤通りを北に100メートルほど進むと、左側隅田公園寄りに大きな山門のある弘福寺があります。

弘福寺は、黄檗宗大本山、宇治の万福寺の末寺で、同宗の名僧鉄牛和尚の手で延宝二年(1673)に、創建された
寺になります。 本堂、万福寺を模して建てられた大雄宝殿の中に、黄金に輝く布袋尊像がありますが、訪れた時
は本堂は修繕中、仮本堂(写真下)の方に祀られていました。

いただいた御朱印には、「布袋尊」と書かれています。

 

長命寺 (弁財天)

弘福寺のすぐ隣にあるのが弁財天を祀る長命寺です。

 

開山は不詳とのことですが、元和元年(1615)頃の創建になるようです。もとは常泉寺と号していたそうですが、
寛永年間(1624~44)に、三代将軍家光が鷹狩の途中、腹痛のためこの寺に休憩した際、境内の井戸水を汲み、
薬を服用したところ、痛みが消え、喜んだ家光がその井戸に長命水の名を与えたところから、以後寺号を長命寺
に改めたそうです。

長命寺の弁財天は、琵琶湖にある老女弁天を分霊したものです。
いただいた御朱印には、「弁財天」と書かれていました。


   


白鬚神社 (寿老神)
 

長命寺から墨堤を500メートルほど行きますと右側に白鬚神社があります。

 

白鬚神社(しらひげじんじゃ)は、平安時代の天暦五年(951)に、慈恵大師が関東に下ったおり、滋賀県に
鎮座する白鬚大明神の分霊を勧請して祀ったのが始まりといわれます。
祭神は、天孫降臨の際に道案内をしたという猿田彦命(さるたひこのみこと)で、国土の神・道案内の守神で
あり、隅田川沿いの道祖神の役割があったようです。


隅田川七福神では、「寿老人」を「寿老神」と記しています。

これは、隅田川七福神を選び出した時に、寿老人を祀ってあるところが見つからなかったそうです。
そこで白鬚大明神を、その名前からして“白い鬚の老人の神様”だろうからと、寿老人にあてたそうです。
それがもとで「寿老神」になっているそうです。 いただいた御朱印には、「寿老神」と書かれていました。

 

訪れたのは1月2日の午後、ちょうど神楽殿では地元の子供たちによる「向島よしつね太鼓」の見事な初打ちが
披露されていました。

 

 

向島百花園 (福禄寿)

 
白鬚神社の鳥居を出て、案内に沿って左に200メートルほど行きますと向島百花園(むこうじまひゃっかえん)になります。


 

向島百花園は都立の庭園で、江戸時代(1800年ごろ)に仙台出身の骨董商、佐原鞠塢が開いたものです。
みどころは開園以来の早春の梅と秋の萩だそうです。

佐原鞠塢が所有していたといわれる「福禄寿」が園内の福禄寿尊堂に祀られています。


 

いただいた御朱印は、何とも言えぬアートチックなものです。大きな一つの墨書きの中に福・禄・寿の3文字
が書かれています。この福禄寿の字は、「恐れ入谷の鬼子母神・・・」という洒落言葉などでも知られる江戸時代
の狂歌師、太田南畝(蜀山人)が、百花園の園主,佐原鞠塢に贈った字を再現しているそうです。

 


 


多聞寺 (毘沙門天)

 

白鬚橋の交差点を過ぎて、墨堤に沿って道なりに北に進み、左に白鬚防災団地、梅若塚や梅若公園に建つ幕末に幕府
海軍を率いた榎本武揚の像を左に見ながら進み、向島交番の角を右に入り、さらに300メートルほど行きますと多聞寺
になります。向島百花園からは、都合20分ほど歩くことになります。

多聞寺は、真言宗智山派の寺院で山号は隅田山、本尊は毘沙門天になります。 創建の詳細は不詳とのことですが、
平安時代中ごろ天徳年間(957-60)に、不動明王を本尊として創建されたといわれています。

そして隅田川の大洪水後の天正年間(1573-91)に現在地に移転し、本尊に弘法大師の作と伝わる毘沙門天像を
勧請したそうです。 山門脇にある「毘沙門天」の石碑は、榎本武揚の筆だそうです。

いただいた御朱印には、「毘沙門天」と書かれています。

 

東京御朱印めぐり おすすめの宿

ホテル新橋三番館

ホテル新橋三番館
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ホテル ココ・グラン上野不忍
ホテル ココ・グラン上野不忍(うえのしのばず)
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客室から不忍池が一望でき、大浴場やサウナもあり、御朱印めぐりの疲れをいやすのに最適なデザイナーズホテルです。
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水月ホテル鴎外荘

水月ホテル鴎外荘
 
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明治の文豪森鴎外が名作「舞姫」を執筆した趣ある旧邸と風情ある庭が、安らぎとロマンを与えてくれるお宿です。
ホテル内には、天然温泉がわいていて、御朱印めぐりの疲れを優しく癒してくれると思います。 
上野の山御朱印めぐりの他、近くの根津神社や湯島天神への参拝、また浅草御朱印めぐりなど都内御朱印めぐりに最適なお宿です。★
 

三井ガーデンホテル上野

三井ガーデンホテル上野
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東京都内御朱印めぐりの拠点として、おすすめのホテルです。
フェイシャルスチーマーやナノイードライヤー、女性用パジャマなど女性のための備品が充実したレディースルームも用意され、
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