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京都 知恩院 御朱印めぐり

知恩院 

 

 

知恩院(ちおんいん)は、京都市東山区にある浄土宗総本山の寺院です。
山号は華頂山、本尊は法然上人像と阿弥陀如来像になります。

開基は浄土宗の祖、法然上人、創建は承安五年(1175)になるそうです。

現存の三門(写真下)、本堂をはじめとする壮大な伽藍が建設されたのは江戸時代に入ってから
のことになります。浄土宗に帰依していた徳川家康をはじめとする徳川家の支援により、寺は大
きく発展して来たそうです。

 

 

 

 

 

法然は、13歳で比叡山に入り、叡空に師事し天台の学問を学び、法然房源空と名をあらため、
求道生活に入ったそうです。

時は平安末期、地震などの災害や飢餓、疫病がはやり、民衆は不安と混乱の中にいた時代です。
しかし当時の比叡山を中心とした仏教は、貴族の仏教と化し一般民衆を救う力は弱かったそうです。

そうした仏教に疑問を抱いた法然は、『南無阿弥陀仏』と一心に唱えることにより、すべての人が
極楽往生できるという『専修念仏』の思想に開眼し、浄土宗の開宗を決意して比叡山を下りたのは、
1175年、43歳の時であったそうです

下は、御廟に向かう石段の下に建つ法然上人像になります。

 

 

 

 

 

法然は、現在の知恩院勢至堂付近に住み、念仏の教えを説くという生活を送ったそうです
五木寛之のベストセラー『親鸞』には、浄土真宗の祖、親鸞聖人も法然に師事し、法然の教えを聞
くために、こちらに足しげく通ったことが書かれています。

 

下の写真は、江戸時代初期に建てられた(寺内では最も古い)勢至菩薩を安置する勢至堂になります。
法然上人の幼名は「勢至丸」であったそうで、浄土宗では法然上人を勢至菩薩の生まれ変わりと見て
いるそうです。

 

 

 

 

勢至堂の近くには、法然上人の遺骨を納めている御廟があります。

 

 

 

 

 

下の写真は本堂になる国宝の御影堂です。

 

 

 

 

 

下は、阿弥陀如来を安置する阿弥陀堂になります。

 

 

 

 

 

下は、江戸時代初期の寛永十年(1633)に作庭が始まった方丈庭園になります。

 

 

 

 

 

 

下の写真は、勢至堂を奥へ進んだところに建つ濡髪童子を祀る「濡髪大明神」の祠です。
濡髪のいわれは、御影堂が建つことで棲み処を追われたキツネが童子に化けて、祠の建立を
お願いした時に、童子の髪が雨でぬれていたことに始まるそうです。

艶やかな“濡髪”から発展し、現在では「縁結び」に、ご利益があると崇められているそうです。

 

 

 

 

 

いただいた御朱印、まずは知恩院のメインの御朱印「法然上人」です。

 

 

 

 

二つ目は、御詠歌になります。

 

 

 

『草も木も 枯れたる野辺に ただひとり 松のみ残る 弥陀の本願』と書かれています。
「草木が枯れてしまった冬の野辺にただ松だけが緑を放っているように、全ての教えが
廃れてしまっても、阿弥陀如来の本願力は永遠に輝き続けるのです」ということになります。
阿弥陀仏の本願を信じ、『南無阿弥陀仏』と一心に唱えることにより、浄土への往生を 期す
ることを教旨とする浄土宗ならではの御詠歌と思います。

 

 

三つ目は、勢至堂の御朱印「勢至菩薩」になります。

 

 

 

 

 

四つ目は、「濡髪大明神大祭」が行われる十一月二十五日に合わせて授与される期間限定の
御朱印「濡髪大明神」になります。

 

 

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