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宮城県 気仙沼 御朱印めぐり

古谷館神社、早馬神社、観音寺、補陀寺 宮城県 気仙沼 御朱印めぐり

 

 

この記事では、宮城県気仙沼市にある自社を巡る御朱印めぐりを紹介しています。

 

 

古谷館神社

 

古谷館神社(こやだてじんじゃ)は、宮城県気仙沼市松崎中瀬にある八幡神社です。

祭神は、八幡大神;品陀和気命(ほんだわけのみこと-応神天皇)、息長帯比売命(おきながたらしひめのみこと
-神功皇后)、比売大神(ひめおおかみ)の3柱になります。

古谷館八幡宮入口

 

社の案内によりますと、平安末期の永承六年(1051)、源頼義が前九年の役に臨み、戦勝祈願のために勧請創建
したのが始まりになるそうです。

戦国時代、源平合戦の一ノ谷の戦いで有名な「日の本一の剛の者」熊谷次郎直実の孫、熊谷平三直宗を祖とする
気仙沼熊谷の枝族、松崎城古谷館熊谷の氏神となり、当社は「古谷館八幡神社」と定められたそうです。

古谷館八幡宮本殿

古谷館八幡宮朱印

 

下の写真は、本殿前から大島方向を見たものです。神社下の沿岸部は東日本大震災の時、大津波の被害に遭い、
復興工事のさなかにあります。

古谷館八幡宮から大島

 

 

観音寺

 

観音寺(かんのんじ)は、気仙沼市本町にある天台宗の別格本山になる寺院です。
山号は海岸山、本尊は聖観音、阿弥陀如来、不動明王になります。

全国に七寺のみという、比叡山延暦寺の最澄がともした“不滅の法灯”を分灯された寺院です。

気仙沼観音寺入口

気仙沼観音寺山門

 

案内によりますと、創建は和銅年間(709)、当時蝦夷の地であったこの地を、藤原宇合が蝦夷の勢力を鎮圧し、
その首塚を南流山に祀ったのが始まりになるそうです。

 

そして天平十五年(742)行基菩薩が巡錫して自ら観音像を刻み、喜祥三年(850)には、慈覚大師(円仁)が
堂舎を建立して海岸山観音寺と称したそうです。
また源義経が平泉に幽棲していたおり、鞍馬で修業していたころの文武の師、鬼一法眼の娘であった皆鶴姫の
菩提を弔うため観音堂を建て、瑞国海岸山観音寺と改称して現在に至っているそうです。

 

下は、本堂になります。

気仙沼観音寺本堂

 

下の写真の観音堂は、三十三年に一度だけ開帳されるそうです。

気仙沼観音寺観音堂

 

いただいた御朱印には、「南無聖観音」と書かれていました。

気仙沼観音寺朱印

 

 

補陀寺

 

補陀寺(ほだじ)は、JR大船渡線気仙沼駅の北側、気仙沼市古町にある曹洞宗の寺院です。山
号は白樺山、本尊は如意輪観音になります。奥州三十三観音霊場の三十番札所になります。

補陀寺山門

 

下は、本堂になります。

補陀寺本堂

 

下は、本尊の如意輪観音を安置している朱塗りの六角堂になります。

補陀寺六角堂

 

いただいた御朱印には、「如意輪観世音」と書かれていました。

補陀寺朱印

 

 

早馬神社

 

早馬神社(はやまじんじゃ)は、気仙沼市唐桑町宿浦にある神社です。

祭神は、倉稲魂命(うかのみたまのみこと)になります。

早馬神社入口

 

社の案内によりますと、建保五年(1217)に鎌倉武将;梶原景時の兄である梶原景実により創建され、
古くから「早馬さん」「権現様」と称され、親しまれて来たそうです。

 

早馬神社の社殿は、小高い山の中腹にありますが、東日本大震災時の大津波は、社殿の天井近くまで達したそうです。

本殿前には、子々孫々語り継げと「大津波到達点の碑」(写真下)が建立されていました。

早馬神社大津波碑

 

下は、本殿になります。

早馬神社本殿

早馬神社朱印

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