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熊本地区 御朱印めぐり

雲巌禅寺・本妙寺・長寿寺 御朱印めぐり

 

熊本は、初代肥後熊本藩主加藤清正が日本三大名城の一つとも言われる熊本城を築き、城下の道路整備などの基盤整備に努め現在の熊本の基礎を築いたとして、今も人気が高い武将です。 1632年、駿河大納言事件で加藤家が断絶、加藤家に変わり“宮本武蔵”を迎えたことでも知られる細川忠利が入部し、以後明治まで細川家が藩主として治めてきました。この加藤、細川の藩主の基で栄えた熊本市内の雲巌禅寺“”本妙寺“”長寿寺“の名刹3寺を巡ってきました。

 

 

雲巌禅寺

 

雲巌禅寺は、熊本市西区、金峰山の西麓にある曹洞宗の寺院です。山号は岩殿山、
本尊は四面馬頭観音になります。
南北朝時代に日本に渡来した元の僧、東陵永與が開基したと伝えられています。

 

雲巌禅寺本堂

 

 雲巌禅寺の境内にある洞窟は霊巌洞(れいがんどう)と言い、宮本武蔵がこの洞
窟にこもって兵法の極意書である「五輪書」を書き上げた場所として知られています。
武蔵は、57歳の時に藩主細川忠利公の招きで熊本に入り、63歳で亡くなったそうです。

 

霊巌堂

 

霊巌洞に至る道筋には、江戸時代中ごろ、渕田屋儀平が24年間の歳月をかけて奉納
したという五百羅漢の石像などが並んでいます。

 

雲巌禅寺五百羅漢

 

雲巌禅寺五百羅漢2

 

雲巌禅師五百羅漢3

 

いただいた御朱印には、“本尊馬頭観音”と書かれていました。

 

雲巌寺ご朱印

 

 

本妙寺

 

本妙寺は、熊本市西区花園にある日蓮宗の寺院です。肥後熊本藩の初代藩主、加藤清正公
を祀る
浄池廟がある事で知られています。
創建は、天正13年(1585)、加藤清正が父の菩提寺として大阪に建立したものを、
肥後入国後、熊本城内に移し、清正の逝去後、現在の中尾山中腹に移建されたそうです。

境内は、仁王門をくぐると桜並木の長い参道が続き、両側には10を越える塔頭が並んでいます。

 

本妙寺参道

 

「胸突雁木(むなつきがんぎ)」と呼ばれる急勾配の石段を上った所にあるのが
加藤清正公を祀る浄池廟です。

 

本妙寺本堂

 

清正の墓

 

浄池廟からさらに奥へ進み、およそ300段の階段を上った所には、加藤清正公の
銅像が、熊本市内を見下ろす形で建っていました。

 

加藤清正像

 

いただいた御朱印には、お題目“南妙法蓮華経”並びに“清正公本廟永鎮の霊地”と記
されていました。

 

本妙寺ご朱印

 

 

木原不動尊 (長寿寺)

 

長寿寺は、熊本市南区富合町にある天台宗の寺院です。山号は雁回山、本尊は“大
聖不動明王”で、千葉の成田不動尊、東京の目黒不動尊と並ぶ日本三大不動尊の一
つに数えられ、
長寿寺は通称“木原不動”と呼ばれ親しまれています。

寺の案内によりますと、創建は延暦年間と古く、伝教大師の開基と伝えられ、往時
は西国第一の談議所となっていたそうです。伝教大師最澄作と伝えられる本尊“大
聖不動明王” の胎内には大師御真筆の紺紙金泥の法華経寿量品が奉蔵されているそ
うです。 写真は、大きな2体の仁王像が安置されている“仁王門になります。

 

木原不動山門

 

下の写真は、本堂になります。

 

木原不動本堂

 

毎年2月28日に行われる寺の祭には、信者が素足で火の上を渡る“火渡り”や、煮え
たぎった釜の熱湯の中に座る“湯立て”の荒行が行われ、数万人の参拝客でにぎわう
そうです
いただいた御朱印には、“本尊大聖不動明王”と書かれていました。

 

木原不動ご朱印

 

 

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