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神戸 生田神社・湊川神社・長田神社 御朱印めぐり

生田神社・湊川神社・長田神社・和田神社・能福寺 めぐり

 

神戸は、遣隋使の時代から港が開かれていたそうですが、平清盛による福原遷都、そして大輪田泊として貿易の拠点が開かれたことから発展したそうです。背後に六甲山が迫る海沿いの細長い地域、西国への交通の要所としても重要な位置を占めていた神戸、多くの歴史を積み重ねてきた所でもあります。

この記事では、神戸にある寺社の御朱印めぐりを紹介しています。

 

 

生田神社

 

生田神社は、三宮の駅から徒歩5分程度の神戸市中央区にある神社です。
社の由緒によりますと、生田神社の創建は神功皇后元年(西暦201年)と日本書紀
に記されているそうで、1800年以上の歴史を有する古社になります。

 

 生田神社入り口

 

主祭神は、稚日女尊であり、「稚く瑞々しい日の女神」を意味していて、天照大
神の和魂もしくは妹神と伝えられ、物を生み育て万物の成長を加護する神様にな
るそうです。
生田神社には平安時代の初め、朝廷からお米や酒を作るための荘園、神戸(かん
べ)が与えられたそうで、それが現在の神戸(こうべ)という地名の語源になっ
たといわれています。

 

 生田神社門

 

境内は、鳥居の先に朱の楼門(写真上)があり、その先に拝殿(写真下)、さら
に本殿が一直線に続いています。

 

生田神社本殿

 

そして本殿の裏は、源平合戦や南北朝の争乱などにその名を残す“生田の森”が広が
っています。

 

生田神社朱印

 

 

湊川神社

 

湊川神社は、神戸駅から徒歩3分程度の神戸市中央区にある祭神に楠木正成(大楠
公)を祀る神社です。

 

 湊川神社 門

 

湊川神社本殿

 

忠義の武将として尊敬される楠木正成は、河内の国の生まれで後醍醐天皇の要請
に応じて鎌倉幕府倒幕のために挙兵し、建武の中興後の足利尊氏との戦いにおい
ても後醍醐天皇の南朝側の中心的武将として尊氏と戦いましたが、建武三年
1336)湊川の戦いに敗れ、最後は自刃しています。
以来、この誠忠の正成公を慕う人々によって正成公のお墓は大切にされてきたそ
うです。江戸時代に入り徳川光圀がその墓に自筆の「嗚呼忠臣楠子之墓」の碑を
立てられ、立派な墓を建立
したそうです。

 

楠木正成墓どころ

 

神社の創建は大楠公の忠義を後世に伝えるために明治天皇の命により、明治五年
(1872)に建立がなされたそうです。
神社創建以前から存在した墓所(写真上)には、今も参拝者が絶えないそうです。

 

湊川神社朱印

 

長田神社

 

長田神社は、地下鉄長田駅から徒歩5分程度の神戸市長田区にある神社です。
事代主神(恵美主神)を主祭神に、天照大神や応神天皇を祀っていて、「長田さん」の愛称で
親しまれている神社です。

 

長田神社入り口

 

社の由緒によると創建は今から1800年以上昔の西暦201年、神功皇后が新羅遠征からの帰路、
武庫の水門において「事代主神を長田の国 に祠れ」とのお告げを聞き、創祀したのが始まりだそうです。

 

長田神社中門

 

現在の社殿は、昭和3年に再建されたものになるそうです。

 

長田神社本殿

 

長田神社朱印

 

長田神社稲荷

本殿の裏には、御神木の「楠(樟)」の巨木が立つ摂社楠宮稲荷社があります。

 

社伝によりますと、6世紀のころ、繁殖のために近くに寄ってきた「赤えい」の群れが、
暴風雨で増水した川をのぼり境内に迷い込み、人に捕まえられそうになった所で御神木の
「樟」の付近で姿を消してしまったそうです。
以来、「樟」は、神の化身である「赤えい」の宿る所と崇敬されてきたそうです。
そのうち、腫物とりわけ「痔疾」に効果があるとの評判が高くなり、広く信仰されてきたそうです。
今でも「赤えい絵馬」に病気平癒を祈願する信仰が盛んですが、その90%は「痔疾平癒」に
なっているそうで、楠宮稲荷社は「痔の神様」と言われているそうです。

楠宮稲荷社の御朱印の右下には、「赤えい」がおされていました。

 

 長田神社稲荷朱印

 

能福寺

 

能福寺は、兵庫駅から徒歩15分ほどの神戸市兵庫区にある天台宗の寺院です。
山号は宝積山、本尊は薬師如来(秘仏)と十一面観音菩薩になります。
比叡山を開いた伝教大師最澄が延暦24年(805)、庶民によって建てられた堂宇に大
師自ら刻んだ薬師如来像を安置し、能福護国密寺と称したのが当寺の開創と伝え
られています。

 

 

 能福寺月輪殿

 

治承4年(1180)、平清盛が福原遷都をしたとき、平家一門により七堂伽藍が完成
し、隆盛しましたが、その後戦禍により堂宇は焼失、慶長4年(1599)に再建された
そうです。境内には、平清盛廟(平相国廟)があります。

 

能福寺清盛墓

 

能福寺には、明治二十四年(1891)に“大仏”が建立され、1944年に国に供出する
までは、日本三大大仏に数えられていたそうです。
現在『兵庫大仏』と称される大仏は、1991年に像重量約60t、像高11m、蓮台と台
座を含めると高さ18mになる巨大な坐像として再建されたものです。

 

能福寺大仏

 

いただいた御朱印には、”新西国三十三所観音霊場第23番”の印と”観音様”を表す梵
字が書かれていました。

 

能福寺朱印

 

 

和田神社

 

和田神社は、地下鉄和田岬駅にほど近い神戸市兵庫区にある神社です。祭神は天御中主大神、市杵嶋姫大神、蛭子大神の3柱になります。

 

和田神社入り口

 

太古の昔、蛭子大神が流れ着いたところが、現在の神社より西南に約800mのところにある蛭子の森と呼ばれる所だそうです。そして平安時代の終わりの承安三年(1173)、平清盛が港の建設にあたり工事の安全と将来の繁栄を祈願し、安芸の宮島から市杵嶋姫大神を勧請したそうです。

 

和田神社

 

また万治元年(1658)、和田岬に流れ着いたのを祀ったのが天御中主大神であるといわれています。寛文二年(1662)尼崎藩主により、天御中主大神を主神にして蛭子の森に社殿が造営され「和田神社」と称されるようになったそうです。
明治34年(1902)、造船所の建設のため現在地に神社は移転してきたそうです。

 

和田神社朱印

 

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