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日本三大八幡 御朱印めぐり

八幡宮は、応神天皇(誉田別命)の神霊になる“八幡神”を祭神とする神社で、全国に40,000社以上もある神社です。
奈良時代、宇佐神宮に鎮護国家・仏教守護の神として八幡大菩薩(はちまんだいぼさつ)の神号が贈られました。これにより、全国の寺の鎮守神として八幡神が勧請されるようになり、八幡神が全国に広まることとなったそうです。
また平安時代以降、清和源氏が氏神として信仰したり、武士の尊崇をあつめて発展していったようです。御利益は、厄除け・開運、必勝、商売繁盛、家内安全などとされています。

今回は、三大八幡宮と言われる宇佐神宮、石清水八幡宮、それに筥崎宮、鶴岡八幡宮の4社の御朱印めぐりを紹介します。

 

 

宇佐神宮 (大分県)

 

宇佐八幡宮は、大分県宇佐市、国東半島の付け根、御許山山麓に鎮座する神社です。
豊前国の一宮で、全国に4万社余りあると言われる八幡神社の総本宮になります。

 

宇佐神宮入口

 

本殿は小高い丘陵の小椋山山頂に鎮座する上宮とその山麓に鎮座する下宮とがあり、
その周りに社殿が広がっています。
下の写真は、西大門になります。16世紀の終わりごろ改築されたと言われる建物ですが、
国宝の本殿や勅使門と共に、宇佐神宮の景観を象徴している建造物です。

 

宇佐鳥居と西大門

 

写真の神宮内郭の正門にあたる勅使門の奥に本殿(国宝)があります。写真では見え
ませんが、左より順に一之御殿、二之御殿、三之御殿と並びます。
一之御殿から順に八幡大神、比売大神、神功皇后をお祀りしています。

 

宇佐神宮楼門

 

宇佐神宮本殿

 

八幡大神は応神天皇の御神霊です。応神天皇は大陸の文化と産業を輸入し、新しい国づくり
をされた方です。神亀二年(725)、現在の地に御殿を造立し、八幡大神をお祀りしたのが、
宇佐神宮の創建になります。
八幡信仰とは、応神天皇を八幡神として称え奉るとともに、仏教文化と、我が国固有の神道
を習合したものと考えられています。
八幡大神は、道鏡神託事件などで皇室を護られたことから朝廷から厚く信仰されてきました。
また清和源氏をはじめ全国の武士も武運の神「弓矢八幡」として崇敬を寄せ、一般の人々にも
鎮守の神として親しまれてきました。
仏教の世界でも八幡大菩薩として崇められ、元寇の時に神風を吹かせた神は八幡様であると
されています。

 

宇佐神宮屋根橋

 

上の写真は、境内を囲むように流れる寄藻川にかかる『呉橋』と呼ばれる神橋です。
鎌倉時代以前に、呉の国から来た人が建てたと言われる屋根のついた橋で、この名が
あるそうです。

 

朱印宇佐神宮

 

 

石清水八幡宮 (京都府)

 

石清水八幡宮は、“やわたのはちまんさん”と親しまれている京都府八幡市にある神社です。
木津川・宇治川・桂川の三つの川が合流し淀川となる地点を挟んで天王山と対峙する位置に
ある男山(標高143m)の山上に鎮座しています。

 

石清水八幡宮眺め

 

創建は、平安時代の初め貞観2年(860)であり、八幡宮の総本社である宇佐神宮から
勧請されたものです。
朝廷に、京都の南西の裏鬼門を守護する神、王権・水運の神として崇敬され、また源氏
に篤く信仰され、当社から勧請されて鶴岡八幡宮などが建てられています。

境内は、山上の本宮のある上院と、山麓の頓宮などのある下院とに分けられます。
本殿をはじめ建造物の多くが、国の重要文化財に指定されています。
下の写真は、南総門になります。

 

石清水八幡宮門

 

その奥に見えるのが、“八幡造り”と言われる独特の建物で、楼門から先へ社殿が続いています。

 

石清水八幡宮本殿

 

石清水八幡宮朱印


 

筥崎宮 (福岡市)

 

筥崎宮は、福岡市東区にある神社です。祭神は八幡大神(応神天皇)と神功皇后、
玉依姫命になります。
社伝によりますと、創建は923年、筑前大分の穂波八幡宮から遷座したのが創建と言われています。1274年、蒙古襲来により炎上した社殿の再興にあたり、亀山上皇が「敵国降伏」を祈願し
『敵国降伏』の扁額が掲げられたと言われています。
楼門は、1594年、筑前領主小早川隆景が建立したもので、『敵国降伏』の扁額がここにか
かっています。

 

箱崎宮楼門

 

楼門の右前にある朱の玉垣で囲まれた松は「筥松」と呼ばれる御神木で、応神天皇
(八幡大神)が生まれた時の胞衣を箱に入れこの地に納めたしるしとして植えられた松で、
「筥崎」の名の由来となったものだそうです。

 

箱崎の松

 

筥崎宮朱印

 

 

鶴岡八幡宮 (神奈川県)

 

鶴岡八幡宮は、神奈川県鎌倉市にある神社です。
1063年、源頼義が源氏の氏神として出陣に際してご加護を祈願した京都の石清水八幡宮
を由比ヶ浜辺にお祀りしたのが始まりだそうです。
その後、鎌倉に入った源頼朝が、1180年、由比ヶ浜辺の八幡宮を現在の地に遷されたと
伝えられています。

 

鶴岡八幡宮境内

 

また3代将軍実朝が、1219年1月、雪化粧の鶴岡八幡宮石段の砌、大銀杏の近くで、甥の
公暁に28歳で暗殺されたのも有名な話です。
鶴岡八幡宮の御神木、大銀杏は、樹齢1000年といわれていましたが、平成22年3月10日、
雪混じりの強風によって倒れてしまったことはニュースで御存じのとおりと思います。

 

鶴岡八幡宮拝殿

 

現在は、下の写真のように幹の下の部分だけが生きたまま近くに移され、大銀杏がもともと
あった所にも新たな芽が伸びてきているようです。

 

鶴岡八幡宮おおいちょう

 

鶴岡八幡宮朱印

 

 

 

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